は、雨です。
雨の日の水滴が落ちる音だとか、窓についた雨粒が好きです。なお、アイキャッチ画像の窓の画像はPixelsの写真素材です。うちの窓ではありませんよ!念のため。自分はプライベートを特定されるにはまだまだ若すぎます。歳食って失うものが少なくなってからならいいかもしれませんが。
外に水たまりができるのもいいです。街灯の光が水たまりに反射する感じとか特に。
雨の日の夜だと、遠くの工場地帯のライトが空気中の雨粒で反射するので、夜でも空が若干明るくなるあの感じもいいです。
光の強い場所だと、地上のライトが雨雲の底を照らして、雨雲がかかっているのにそこが若干赤く色づく感じは見ていて落ち着きます。
雨音が好きというのは人間にとって本能的なものらしく、雨粒の音は集中効果があると言われています。
本当かな?
まあ実際ずっと雨音を鳴らしているようなサイトもあるのですし何か証拠はあるのでしょう、たぶん。ちょっと今すぐ調べるのは億劫ですが。
なぜなのか、については研究したからと言ってもパッと分かるものでもないでしょうが、想像しているものはあります。
雨の音を聞いて落ち着くのは、自分が部屋の中にいるときや車、バスの中にいるときです。
あるいは、どこかで雨宿りしている時か。
そういう時に「あー雨音っていいな」と思いがちです。
いずれも、自分は雨に直接当たらないときですよね。
つまるところ、自分が安全圏にいるときと言えそうです。
傘も持たずに雨が降っている外に出ていたら「雨音っていいな」なんて思っている場合ではありません。風邪をひいてしまいます。
逆に自分は雨が降ってこない安全圏にいるから、落ち着いて雨音を聞いていられます。
これは自分の想像になるのですが、こういうのは動物の本能の一部と結びついているような気がします。
安全圏に移動して留まることに対するモチベーションというわけです。
安全圏に居て雨音を聞いているのが心地いいと感じていられるようなら、わざわざ好き好んで雨の中外を出歩かない、危険を冒さないということで生存の確率を高められる、みたいな理屈で。
あと、そういう感覚を持った動物が安全圏にとどまり続けたおかげで生存し、種を残してきて今に至る、みたいなダーウィンの適者生存的な解釈もできそうです。
まあ反例はいくらでも挙げることができるでしょうが、一つの考え方としてありそうな気もします。
実際のところは分からないのですけどね。
このブログにはそんな分からないところも含めて書いていきます、なのでどうか情報として鵜呑みにしないようにーーーなんて今更のように言ってみます。
現代はこういう文章を情報として得ようとする部分が多く、それ以外の部分は無駄として省こうとしている、みたいな話も聞きます。
コスパがどうとかそういうところの話でしょうしそこについては考えていることもあるのですが、それはまた別の機会に書ければと思います。
というか、そんなことばかりブログに書いていても仕方ありません。
情報を求める、という人もいるという通り、せっかくこのブログを読みにやってきた方のためになるようなことを書かねばなりません。空海なんかも仏教的な抽象的な教えの話だけでなく現実的なアドバイスもしていたという話ですし。
えーーーーーーーーと、
朝早めに起きてたんぱく質を多めに取ると一日余りおなかが空きませんよ。赤みの肉がコスト的に難しければ豆腐という手もあります。豆腐の味噌汁を延々作って毎朝飲みましょう。
健康的に信ぴょう性の薄い話をネットに乗せるなという気もしますが。
証拠も特にありません。自分が感覚的にそう感じるというだけです。
ただ、間違っていたとしての悪影響は日中におなかが減るとかそれくらいだと思うので許してください。
そのうえで、他の日中お腹を空かさない方法を考えてみてください。
何かいい方法があれば自分も知りたいです。コメントででも書いて下さるとうれしいな。
なんとか、おなかを空かさずに生きましょう。